今回ご紹介する女子アスリートはサッカーの田中陽子選手です。
中高一貫のエリート選手育成機関の第1期生としてU-17代表に15歳で選出され、以後日本を代表するプレーヤーとして活躍し、澤穂希の後継者」とまで期待されながらも、ここ数年は何故かなでしこジャパン代表に選ばれていません。
その理由は何なのでしょうか?
そしてつい先日発表された新たな移籍先など、田中陽子選手の現在の状況についてご紹介していきます。
田中陽子プロフィール
引用:https://liberty-life-style.com/tanakayoko-3228
名 前:田中陽子(たなかようこ)
生年月日:1993年7月30日(現在26歳)
出 身 地:山口県山口市
身 長:155cm
体 重:48kg
高 校:JAFアカデミー福島
所属 : スポルティング・ウエルバ(スペイン)
田中陽子の現在は?
田中陽子選手の現在を、その経歴から順を追って見ていきたいと思います。
田中選手は小学2年生のときに地元のジュニアユースクラブであるFCレオーネ(現在はレノファ山口FCアカデミー)でサッカーを始め、卒業後は日本サッカー協会が運営する中高一貫教育のエリート選手育成機関であるJFAアカデミー福島に1期生として入学されます。
まだできたばかりの教育機関であるとともに、地元の山口県から遠く離れた福島県へ行き、寮生活をしてまでサッカーに打ち込もうとする田中選手のメンタル面がこのころからすごいことがうかがえます。
引用:https://www.jiji.com/jc/d4?p=kym012-jlp12142496&d=d4_psn
2008年のU-17女子W杯では岩渕真奈選手らと一緒に15歳の年齢にもかかわらず選出されます。また、2010年にもU-17に選出され、全試合にスタメン出場されるほどの実力者でした。
その際にはボランチながらミドルシュートで6試合4ゴールを挙げる大活躍で、日本の準優勝に貢献されました。
2012年にアカデミーを卒業後、INAC神戸レオネッサに入団され、同年日本で開催されたU-20女子ワールドカップではボランチのほかに、サイドハーフ、サイドバックといったポジションで起用されながらも全6試合で6ゴール2アシストという活躍を見せつけて、日本を初の銅メダルへと導きました。
引用:http://goodluckmyway.com/2012/08/27/1596
その結果、6ゴールはその大会における得点ランク2位となりシルバーシューズ賞を受賞、そしてその活躍により山口市からもスポーツ特別表彰を受賞されています。
引用:https://www.soccer-king.jp/news/japan/nadeshiko/20120908/70181.html
さらに2013年にはアルガルヴェ・カップ2013に出場するサッカー日本女子代表に選出され、翌年2014年には山口ふるさと大使にも就任されました。
引用:https://news.livedoor.com/article/image_detail/8038506/
しかし、その後の成績はチーム内でのポジションもなかなか決まらない状態で、出場機会を減らしていくことになります。2015年になると当時なでしこリーグ2部に所属していたノジマステラ神奈川相模原へ移籍をします。
この年のリーグは2位で終わり1部昇格にはなりませんでしたが、2016年にはなでしこリーグ2部で優勝を果たし、チームの1部昇格にも貢献、2017年には第39回皇后杯準優勝にも貢献します。
2019年6月26日に田中選手は海外でプレーをするためにノジマステラの退団を発表、7月2日に移籍先がスペイン女子1部のスポルティング・ウエルバであることが明らかにされました。
【HP更新】田中陽子選手の移籍先に関するお知らせ https://t.co/90nPnlTJK5
この度、6月30日(日)をもってノジマステラを退団致しました田中陽子選手が、Sporting Club de Huelva(スペイン女子サッカーリーグ1部)へ移籍することが決定致しましたので、お知らせ致します。#ノジマステラ pic.twitter.com/a2UqEMEWTr— ノジマステラ神奈川相模原公式 (@nojimastella) July 2, 2019
田中陽子がなでしこジャパン代表に選ばれない理由は?
なでしこジャパン代表入りを果たすためにはそれに伴う選考基準があります。
明確にはされていませんが、実力があることは当然のことながら、サッカーは集団スポーツです。監督の指示通りに動くことができるか、各選手とのコンビネーションがうまくいくかで勝敗が左右すると言っても過言ではありません。
女子サッカー選手はそれぞれなでしこジャパンに選考されるためには結果とともに自分はチームにとって欠かせない選手であることをアピールしなければなりません。
引用:https://www.soccer-king.jp/news/japan/nadeshiko/20190626/952003.html
田中選手がこれまで移籍をしてきた理由もすべてはなでしこジャパン代表選手に選ばれんがための行動だと言ってもいいと思います。
田中選手は、2012年のU-20女子ワールドカップで大会2位の6得点を挙げ、シルバーシューズ賞を受賞し、2013年時にはサッカー女子代表に選出されました。
しかし、その後は各選手の技術力を活かしたプレイよりもチーム全体の力を活かす戦略になじむことができず日本代表から外されていくことになります。
それを表すエピソードとして、佐々木則夫監督時には試合の後半から投入されますが、チームで約束したことが守れずに10分で交代させられています。
引用:https://web.gekisaka.jp/player/?29614-17364-jp&code=tanakayoko
その後、高倉麻子監督が就任されてからは代表に招集されない事態にまでなりました。
田中選手が日本代表に選ばれない理由として考えられる点は、一つ目に集団スポーツの中で必要な決まりや約束事が守れていないことと言われています。
2つ目に技術力はあるのですが、どれも中途半端に力があるために、どのポジションでもうまく活かされずにミスがめだってしまうところだと言われています。
引用:https://news.yahoo.co.jp/byline/matsubarakei/20180706-00088264/
田中選手には得点力があるのですが、やはり集団で一つのゴールに向かうには団結する力が必要なのでその点が改善されない限りは難しいとされています。
田中陽子の移籍先はどこ?
なでしこリーグでINAC神戸に在籍していた田中選手は2015年にノジマステラ神奈川相模原へ移籍します。
現在ノジマステラはなでしこリーグ1部に所属していますが、移籍した当初はまだ2部でした。なぜその2部に所属するチームに移籍をしたのか?それは当時のINACにはなでしこジャパンに選ばれそうなスター選手がたくさんいたからです。
引用:https://funky802.com/focus/content/X05/detail/1638/
スタメン定着もできず、控えにいる状態ではなでしこジャパンに選出される可能性が薄くなると考えた田中選手は2部リーグであってもスタメンに出て活躍する場を求めたのです。
移籍したのちはキャプテンとして活躍することもあり、チームを1部リーグに上げる貢献を果たします。
引用:https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/jfootball/2016/10/10/post_1171/
さらに2019年7月にはスペイン1部リーグのスポルティング・ウエルバへの移籍が発表されました。
すべては、悲願であるなでしこジャパン代表入りを果たすためだと思われます。
まとめ
15才で飛び級してU-17で活躍し、若きエースとして期待された田中陽子選手。
その後も着々と華々しい活躍を見せていくかと思われましたが、サッカーという集団スポーツにおける組織力に馴染むことができないことで、なでしこジャパン入りから遠のいてしまっています。
引用:https://www.football-zone.net/archives/134239
しかし、田中選手は代表選考を諦めることなく、下位のリーグや海外のチームに移籍をしてでもなでしこジャパン入りを果たそうと懸命に取り組んでいます。
その努力が報われる日が来ることを信じて、これからも田中選手の動向を見守り、応援していきたいと思います。