桝見咲智子(走り幅跳び)は中学から凄い!出産してる?結婚した夫との離婚の噂も?

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

今回ご紹介する女子アスリートは陸上走り幅跳び桝見咲智子選手です。

陸上競技長距離の強豪実業団チームとして名を馳せている九州福岡県に拠点を置く九電工にて、唯一の女性のフィールド種目の競技者として長く活躍を続けています。

2019年で35歳となるベテランの競技者ですが、衰えは全く見られません。

そんな桝見さんの中学時代の物凄い実績から結婚された現在までの成績を振り返るとともに、出産してる?という疑問や、噂される離婚の話などについてまとめてみました。




桝見咲智子プロフィール

引用:https://www.kyudenko.co.jp/marathon/member/sprinter_jumper/

名前 : 桝見咲智子(ますみさちこ)

生年月日 : 1984年12月10日(現在34歳)

出身 : 香川県

身長 : 172㎝

体重 : 62㎏

中学 : 明善学園明善中学校

高校 : 英明高等学校

大学 : 福岡大学

所属 : 九電工

種目 : 走り幅跳び(自己ベスト6m65)

桝見咲智子の中学時代がすごい!不滅の日本記録を更新!

桝見選手は香川県の出身であり、中学は香川県の名門校である、私学の明善学園明善中学校に進学しました。

そして、この頃から超中学級の競技者として全国で注目を集め、中学生の陸上競技に精通している人であれば、知らない人はほぼいないという状態でした。

桝見選手は2年時の1998年の第25回全日本中学校陸上競技選手権大会(全日中)では、2年生ながら走高跳で2位になり、三種競技Aでは優勝を果たしました。

引用:https://matome.naver.jp/odai/2133927859767502601/2133928111068283703

そして、その年の10月25日に香川県立丸亀競技場で行われた、香川県中学校新人陸上競技大会では不滅とも言われた1981年に佐藤恵さんが樹立した三種競技Aの日本中学記録3357点を上回る3395点(走高跳1m76、100m12”85、砲丸投13m55)の記録を樹立しました。

そして、翌年3年時の1999年の香川県中学校総合体育大会陸上競技では、前年の秋の三種競技Aに続き、三種競技Bでも3433点を記録し、この種目でも日本中学記録を更新します。そして、富山県で開催された第26回の全日中に優勝候補として挑むと、三種競技A、三種競技Bでの二冠を達成、三種競技Aは前年に続く連覇となりました。

また、記録自体もたいへん秀逸なものであり、共に大会新記録を樹立、Bの記録は自身の持つ中学新記録を1ヶ月足らずで再更新する3458点という離れ業を演じました。

尚、この大会では、三種競技のフィールド種目の試技において、砲丸投で15m41、走高跳で1m67、走幅跳で5m93という記録を残しましたが、これはいずれも単独種目での優勝者の記録(砲丸投が14m15、走高跳が1m65、走幅跳が5m69)を大きく上回っており、記録の上では五冠を達成したと言っても間違いではないでしょう。

三種競技と言われてもあまり馴染みが無いという方もいるかもしれませんが、三種競技A走高跳100m砲丸投から、三種競技B走幅跳砲丸投100mHからなる、男女で実施種目が異なる混成種目です。大人の七種競技程の幅の広さではなく、いずれの種目も瞬発力を必要とする点では共通していますが、跳ぶ力と投げる力の相関性は低く、また遠くに飛ぶ走幅跳と高く跳ぶ走高跳も求められる要素にはやや違いがあります。そういった中で、それぞれの種目の日本チャンピオンの記録を上回ってしまうということは、いかに身体能力が高いかがよくわかります。

尚、2004年から中学生の三種競技は四種競技に変更となったため、桝見選手の持つ日本記録は破られることの無いものとなりました。

また、桝見選手は先述の全日中で実施されないやり投げでも中学新記録をマーク、計6種目ランキング1位となりました。これ程の例は日本にはなく、恐らく今後も現れることは無いでしょう。

桝見咲智子の走り幅跳びの実績を総まとめ

桝見選手は中学3年の夏までは上述のように様々な種目をこなしていましたが、それ以降から現在までは走幅跳を専門として長く活躍をしてきました。1999年10月の日本選手権では中学生ながら出場を果たすと、3位となり、表彰台に上がります。

英明高等学校に進学後も勢いは止まらず、3年時の2002年に全国高校総体の香川県予選で6m43の日本高校新記録を樹立、更にはジュニア日本タイ記録にも並びました。

引用:https://www.shikoku-np.co.jp/sports/local/photo.aspx?id=20020819000244&no=1

高校卒業後は地元を離れ、福岡大学に進学。1年時の2003年に日本選手権で3位に入賞するも、記録をなかなか伸ばせずにおりましたが、4年時2006年に、大阪国際グランプリで6m53と高校以来の自己ベストを更新しました。

九電工に入社した社会人1年目の2007年の日本選手権では池田(現:井村)久美子さんに次ぐ2位に入り、ヨルダンで行われたアジア選手権代表にも選出され、アジアの舞台で4位となりました。

その翌年のオリンピックイヤーである2008年の日本選手権では第一人者の池田選手を抑えて、遂に初優勝を果たします。この時の記録は6m57で自己ベストを更新しての優勝となりますが、オリンピック参加標準記録を突破することは出来ませんでした。

引用:http://sports.jiji.com/cgi-bin/beijing/d2?p=bjn01803&d=002bjn

翌年の2009年の日本選手権でも自己新記録を更新する日本歴代3位の6m65で連覇を達成し、世界選手権代表の座も掴みましたが、本戦では目立った活躍を見せることが出来ませんでした。それでも11月の、中国・広州で開催されたアジア選手権では銅メダルを獲得、国際大会でも初のメダルを獲得しました。

引用:www.shikoku-np.co.jp

2010年の日本選手権で銀メダルを獲得後、左の股関節の疲労骨折のため1年間の長期休養に入りましたが、怪我から復帰後、2012と2013年の日本選手権でも2年連続の銀メダルを獲得、2013年7月、インドのプネーで開催されたアジア選手権では6m54の記録で優勝し、国際大会では初の優勝を果たしました。




桝見咲智子に結婚した夫との離婚の噂?

桝見選手は2010年4月に福岡大学時代の陸上競技部の後輩である堀将之さん結婚をしました。

引用:https://news.livedoor.com

「祖父に言われて」という理由により、桝見選手は結婚後も苗字を変えることなく、夫である将之さんが苗字を変えるという選択をしました。

この将之さんも大学まで桝見選手と同じ走幅跳の競技者としてやっており、桝見選手が競技を続けていく上では、非常に大きな理解者出会えたと言えるでしょう。将之さんは大学卒業後、就職をすることもなく、アシスタントコーチとして、公私ともに桝見さんを支えていました。

しかし、この将之さんとは現在は離婚したのではないか、という噂が流れるようになりました。

離婚をしたという公表は一切されておりませんが、かつてかなり献身的に桝見さんを支えていた将之さんの姿が現在では大会等の会場で一緒にいるところを全く見られなくなったことが、この噂が立つようになった理由と言えるでしょう。

桝見咲智子は出産してる!?

結論からですが、桝見選手は2014年に愛娘を出産されています。

日本では出産を機に競技を引退する方も少なくありませんが、桝見選手は出産後、競技に復帰します。

そして、2016年に九州実業団陸上、2017年には日本グランプリシリーズでもある兵庫リレーカーニバルで、2018年には九州実業団陸上と3年連続で大きな大会での優勝を果たしました。

2019年も勢いは留まらず、兵庫リレーカーニバルで2位、九州実業団陸上で連覇をはたして、6月29日の日本選手権に出場すると、2位に入り、2013年の出産前以来久しぶりの表彰台に登りました。

5歳の娘を持つママさんジャンパーが、娘に対して初めて見せた晴れ舞台でした。

桝見選手自身は「出産後、スピードの感覚がまだ戻っておらず、以前の感覚で跳べなくなり、足が吊ることも増えた」と話しておりますが、復帰直後に比べれば、徐々にベストの状態に近づいているのは見て取れます。

早い時代から活躍し、国際大会での優勝経験がある桝見さんですが、実はオリンピックには出場することが出来ておりません。桝見さん自身も競技者として、2020年の東京オリンピックが大舞台としては最後と考えていると話しており、集大成の舞台を目指すこととなります。

まとめ

桝見咲智子選手について紹介させて頂きました。

女性の競技者は男性に比べてピーク期を長く維持するのが難しいとも言われる中で、中学時代から前例のない大活躍をしてきた桝見さんが、20年近くに渡って高いレベルを維持していることは大変驚異的なことであり、賞賛に値します。

引用:https://news.livedoor.com/article/image_detail/8002465/?img_id=5254531

この先も少しでも長く現役を続けていただき、同じ世代の方々へ勇気を与え続けて欲しいと思います。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする