中野瞳の難病克服の道とは!?所属の和食山口って?長田高校も応援!

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2007年の6月、全国高校総体の兵庫県予選でまだ16歳の高校生がU-20の日本記録を上回る6m44の大ジャンプ!一躍有名になったのが、陸上女子走り幅跳び中野瞳選手です。

その後、難病を患いますが、不屈の魂で競技に復活。母校の長田高校や様々な方面からの支援も受け、現在もその病と闘いながら東京オリンピック出場を目指しています。

そんな中野選手の難病克服のストーリー、また現在所属する和食山口との縁などについて綴ってみました




中野瞳プロフィール

引用:https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201806170006-spnavi

氏名 : 中野瞳(なかのひとみ)

生年月日 : 1990年11月23日(現在29歳)

出身 : 兵庫県

高校 : 兵庫県立長田高等学校

大学 : 筑波大学

種目 : 走り幅跳び

中野瞳を襲った難病 その克服の道とは

衝撃を与えた高校(兵庫県立長田高校)時代、6m44の大ジャンプで当時のU20の日本記録を更新したその跳躍を見て、まだ16歳の中野選手に多くの陸上競技関係者が注目しました。

しかしながら、その翌年、高校2年生の冬の2008年に入ってから、中野選手は潰瘍性大腸炎という難病を度々発症するようになりました。

引用:https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/201711/p2_0010716890.shtml

潰瘍性大腸炎と聞いてもあまり聞きなれない人も多いでしょうが、この病気は大腸の粘膜が炎症を起こしてただれ、びらんや潰瘍を形成する病気です。主症状は粘血便、下痢、腹痛、下血、体重減少、発熱等、多岐に渡ります。

元々は欧米人に多い病気で、日本人の罹患者は少ないと考えられていましたが、近年の食生活の欧米化によって、患者数は大きく増えていると考えられ、日本では特に20代での発症が最も多くなっているといいます。クローン病と非常に似ているところが多く、この2つをまとめて、炎症性腸疾患と呼んでいるようです。

引用:https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20180829-OYTET50060/

現在の日本では潰瘍性大腸炎は、原因が不明で、治療方法が確立されておらず、希少で長い間の療養を必要とすることから、2014年5月23日に制定された「難病の患者に対する医療等に関する法律」の第5条第1項に規定する指定難病として医療費助成もされるような疾病です。

一見すると、胃腸の風邪とも取れてしまいそうなこの病に対し、中野選手も体調の変化がありながら、誰にも心配をかけたくないという思いで一人で闘病生活をしていましたが、遂に身体も限界に達し、高校3年の6月に入院することとなってしまいました。

入院は3週間に及び、その期間で減った体重が15kgにも及びました。特別身体が大きいわけでもない中野さんにとって15kgの体重減のダメージは大きく、退院しても跳ぶどころか歩くことさえままならない状態でした。

それでも、そんな筋肉が落ちてしまった足をお母様が懸命にマッサージをして、何とか競技に復帰。その年の10月に行われた第63回大分国体では自己ベストには遠く及ばない6m00という記録ではありましたが、少年女子共通の走幅跳で見事に優勝を果たしました。

高校卒業後は筑波大学に進学し、関東インカレでは優勝3回、2位が1回と順位としては素晴らしいものでしたが、大学時代の自己ベストは6m18と、記録としては伸び悩みました。

その中野選手が完全に復活した跳躍を見せたのは、2018年のことでした。

前年の2017年の冬から母校の筑波大学のコーチであり、男子走高跳、棒高跳、三段跳で日本記録保持者を育成した経験もある村木征人さんに指導を受けるようになった中野選手は、シーズン開始早々の4月に行われた兵庫リレーカーニバルにおいて、6m43自己ベストにあと1cmに迫る跳躍で優勝を果たしました。

自己ベストを出した時の方が、もちろん最高記録は上ですが、その時は6本中4本がファールで、もう1本も5m台、それに対し、この日は1本目から6m23のジャンプを決め、徐々に修正しながら、最終の6本目で6m43の跳躍、平均記録としては過去最高でした。

今シーズンの2019年も、5月5日に行われた日本グランプリ水戸招待で6m42の記録を出しており、ようやく病を克服し復活したと言っていい中野選手らしい跳躍が見られるようになりました。

東京オリンピック出場に向けて、中野瞳選手の戦いはこれからも続いていきます。




中野瞳の所属先「和食山口」 聞き慣れないその正体とは?

中野選手は2018年より前年まで所属していた茨城県水戸市にあるメディカルフィットネスクラブの「マグノリア」から「和食山口」へと所属先を変更しました。他に、所属している競技者もいないため、中野選手を知らなければ聞いたことがない名称でしょう。

この「和食山口」は茨城県つくば市にある、山口順二郎さんがオーナーを務める小さな和食店です。

引用:中野瞳ツイッター

同市にある筑波大学体育学群専門に通っていた中野選手にとっては学生時代から縁のあるお店であり、悩むことの多かった大学時代からこのお店に支えられ、「陸上だけをしていると、自分のコミュニティーが狭くなる」と考え、4年生のときにアルバイトを始めたのもこの和食山口でした。

第二の実家とも考えている、この名前をつけて試合に出場することが一番モチベーションが上がることと中野選手自身話しており、それが所属先変更の大きな理由でした。

中野瞳を母校の長田高校も支援 オリンピック出場を後押し

中野選手は現在、練習の拠点を大学所在地である茨城県に置いていますが、大学卒業後は、一度、出身地の兵庫県に戻り、競技引退後のことも考えて兵庫県教育委員会で仕事をした経験もありました。

その兵庫県にある出身校の兵庫県立長田高校を中心とした仲間から大きな支援を受けています。

きっかけとなったのは、中野選手の同級生でもある長田高校の第61期卒業生の富澤由佳さん。クラスも同じだったこの方が「中野瞳を応援する会」を立ち上げました。

陸上競技に集中すると決め、故郷を離れ、安定した仕事を辞めてまでの本気のチャレンジ、そんな中野選手を「長田生皆で応援したい」、そんな思いから会が立ち上げられました。

引用:長田高校HP

その立ち上げ後、声援だけでなく資金面でも援助を行いたいという声が次第に多くなり、中野選手の活動資金の援助を募るべく、クラウドファンディングも立ち上げられました。

中野選手自身も長田高校に育てられたという思いは非常に強いものがあり、少しでも恩返しをしたいからと、2020年に創立100周年を迎える長田高校の記念行事に競技を続けながら運営スタッフに立候補しており、恩を返していこうという思いが非常に強く伝わってきます。

まとめ

以上が中野選手の紹介でした。

中野選手は順調にスタートしたように見えた2019年シーズンも潰瘍性大腸炎の悪化で6月の日本選手権前から入院をし、同大会を欠場する等、病との戦いは今も続きます。

それでも同じアスリートでも、発症後に一軍復帰したプロ野球の安達了一選手や、ツアー初優勝をしたプロゴルファーの重永亜斗夢選手、ロンドンオリンピックに出場した競泳の上田春佳選手等、復活例も少なくありません。

引用:https://www.bbm-japan.com/trackandfield/17164363

中野選手も目指すべき目標、東京オリンピック出場を決めるべく、まずは高校時代の自己ベスト更新に向け頑張って欲しいものです。




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