床亜矢可は妹床秦留可もかわいい!父はどんな人?病気を乗り越えた過去とは?

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2018年冬季平昌五輪ではアイスホッケー女子日本代表スマイルジャパンにかわいい姉妹が参戦していました。

当時23歳の床亜矢可選手は、妹の秦留可選手と共に姉妹での五輪出場の夢を叶えたのです。

お二人とも、競技中は凛々しい表情を見せていますが、ユニフォームを脱ぐと気持ちもオフになるのか、豊かな黒髪を下ろし、かわいい私服姿で素敵な笑顔を見せてくれます。

元アイスホッケー選手のの訓育でスケートに親しみ、6歳で本格的にアイスホッケーを始めた亜矢可選手。

10代で患った病気を乗り越え、今まさに生き生きと氷上で活躍するのその背番号はかつて父が日本代表で活躍していた頃の数字と同じ“29”です。

同じディフェンスへと転向し、父へのリスペクトを背負って戦う床亜矢可選手についてまとめました!




床亜矢可選手のwiki的データ

引用元:http://hosei-sports.jp/sportsnews/hsi-info/post-3143/

名前 : 床亜矢可(とこあやか)

生年月日:1994年8月22日(25歳)

出身:東京都東村山市生まれ、北海道釧路市育ち

身長:161㎝

体重:58㎏

血液型:B型

ニックネーム:あやか

所属:SEIBUプリンセスラビッツ

ポジション:ディフェンス

床亜矢可はかわいい笑顔でハードに戦うアスリート

アイスホッケーは、氷上でプレイヤー同士が全身でぶつかる超ハードでスピード感あふれる競技です。

オフショットやインタビューの映像で、はにかむように微笑む亜矢可選手のかわいい雰囲気からは、試合中のアグレッシブさと負けん気の強さは想像がつかないほどです。

引用元:https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/judo/209750/attachment/試合の合間にトークショーを行った女子アイスホ/

床亜矢可選手は父の仕事の都合で東京の東村山市で生まれ、その後に一家で釧路に転居しています。

釧路はアイスホッケーが盛んな街で、ことにその分野で知られている幼稚園に通っていたことから、まるで息をするようにアイスホッケーをする環境は目の前にあった、ということでしょう。

引用元:https://www.asahi.com/articles/photo/AS20171208000228.html

チームの中でもぐいぐいと頭角を現していく亜矢可選手は、小学校の後半には周囲にその実力を認められるようになりました。

中学校からは地元の強豪チーム・Daishinに入団、三年生でU-18日本代表に選出されるなど、アイスホッケーではトップオブトップの戦歴を誇ります。

その後も、釧路江南高校を経て法政大学へと進学、上京したことから、クラブチームのSEIBUプリンセスラビッツに入団しました。

引用元:http://princessrabbits.com/1529.html

同時に日本代表のスマイルジャパンでも活躍し、ソチ五輪、後に平昌五輪へと戦い続けてきたのです。

引用元:https://dot.asahi.com/aera/2017032200063.html?page=3

競技と学業を両立し、2017年春には大学を無事卒業。

競技生活を継続できるシステムを採用している全日空に就職し、社会人アスリートとして2022年の北京冬季五輪を目指しています。

共に戦うかわいい妹・床秦留可

亜矢可選手には、三歳年下のがいます。

現在、共にSEIBUプリンセスラビッツでプレーしている床秦留可選手です。

引用元:http://princessrabbits.com/1614.html

彼女は高校から上京してアイスホッケーを続け、大学は姉・亜矢可選手の後を追って法政大学に入学しています。

幼い頃から同様に、父の影響でアイスホッケーに打ち込んできた姉妹は、前回の平昌五輪で二人そろって代表に選ばれるという凄い実績を残しています。

引用元:https://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20180212/ddm/041/050/163000c

このお二人、かわいいルックスがよく似ている美人姉妹で、血液型も同じB型なのに、性格は真逆なのだとか。

その違いがプレースタイルやポジションの違い(姉:ディフェンダー、妹:フォワード)に現れているというのも興味深いですね。

実は秦留可選手もソチ五輪の代表候補でしたが、出場は叶わず。

平昌五輪でようやく姉と肩を並べて戦うことができたのです。

引用元:https://number.bunshun.jp/articles/-/829740

それは、自らのアイスホッケー日本代表選手であった父と、家族を支えてきた母の悲願でもありました。




床亜矢可の父はアイスホッケー日本リーグの選手だった!

亜矢可選手、秦留可選手のお父さん、泰則さんはかつて西武鉄道のアイスホッケーチームに所属していました。

引用元:http://lovehockey.jugem.jp/?month=200903

日本代表としても活躍しており、ディフェンダーを務めていたそうです。

そのため、チームの拠点に近い東村山で姉妹は生まれ、その引退と共に転居した釧路で育つことになったのです。

引用元:https://www.asahi.com/articles/photo/AS20171207002461.html

亜矢可選手たちがSEIBUプリンセスラビッツに入団したのは、こうしたご縁があったから、なのかもしれませんね。

床亜矢可の高校時代の試練、病気を乗り越えて…!

亜矢可選手の最大の危機は、10代で患ったバセドー病でした。

鍛えていたはずの身体が思うようにならず、微熱とだるさに苛まれた日々…その原因は甲状腺の肥大にあったのです。

目前にあったU-18の試合を諦めながらも、その先にあるソチ五輪への出場へと目標をシフトして、亜矢可選手は2012年の春に手術を受ける決断をしました。

引用元:http://livecap.info/sports254/pipipiga.php

傷跡と引き換えに取り戻した健康な身体で、彼女は今も氷上をいきいきと駆け抜けているのです。

まとめ

姉妹揃って同じ競技でオリンピックの代表チームに選出されるというのは、ただでさえ凄いことなのに、亜矢可選手は病気を克服したところからの再スタートがあり、秦留可選手はソチ五輪で候補に挙がったものの最終的な選考に漏れて涙するという経験をしています。

悔しさを糧に乗り越えた日々を経て、揃って臨んだ平昌五輪は感慨もひとしおであったことでしょう。

引用元:https://www.facebook.com/

亜矢可選手の次の目標は、北京オリンピックでメダルを取りたい、ということ。

二人そろってメダルを取れば、両親それぞれに手渡せる、という夢を描いているのです。

今年も日本女子リーグが開幕し、多忙なシーズンがはじまりました。

まずはプリンセスラビッツで8連覇をめざします!




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