細田あい(ダイハツ)がかわいい!マラソンの実力は?長野東高校や日体大での実績は?

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長野東高校日本体育大学と女子長距離の強豪校を渡り歩き、現在はダイハツで活躍している女子マラソン細田あい選手

かわいいビジュアルが話題のアイドル系女子アスリートです。

今回は、そんな細田選手のこれまでの実績を紐解くかわいい画像の紹介や、MGC最終選考会名古屋ウィメンズマラソンで魅せたマラソンの実力について、高校や大学時代の実績を交えながらご紹介していきます。




細田あいがかわいい!画像はこちら!

細田あい選手は、1995年11月27日生まれの現在24歳

後述する陸上競技の実績もさることながら、そのかわいいルックスは陸上選手の中でも秀でていると話題です。

その細田選手の現在の画像がこちらになります。

引用元:https://search.yahoo.co.jp/i

長い髪で非常に女性らしさが出ていて確かにかわいいですね!

ダイハツのピンク色のジャージも非常に良く似合っています。

引用元:https://search.yahoo.co.jp/

こちらは2020年の都道府県対抗駅伝でアンカーとして走った際のものになります。

走っている時の髪型は平常時とは異なりますが、かわいさは走っている時も変わらないですね。

ちなみに左手前の勇ましい選手は、ハーフマラソンで日本記録を持つ新谷仁美選手です。

引用元:https://search.yahoo.co.jp/

こちらは大学4年のユニバーシアードでメダルを獲得して帰国した後のものになります。

正装のジャケット姿も似合っていますし、笑顔も非常に可愛らしいですね。

細田あいがダイハツを選んだ理由は?

細田あい選手の地元は長野県

中学、高校とそれぞれ地元の長峰中学校、長野東高校に在籍し、大学は東京の日本体育大学を卒業されています。

そして大学卒業後に選んだ進路は、大阪府池田市に拠点を置く実業団のダイハツでした。

その理由についてかつて全日本実業団女子駅伝(クイーンズ駅伝)に出場する前の取材では

昔からマラソンをやりたくて、
進路を決めるときマラソンをやれる実業団を選びました

と話しております。

引用元:https://www.picuki.com/tag/細田あい

学生時代からトラックの長距離種目で結果を残し続けていた細田選手ですが、その頃から既にマラソンのことは頭にあったということですね。

細田あいのマラソンの実力は?

そんな経緯で入社したダイハツでの実業団1年目から、細田選手はマラソンに向けたトレーニングを開始しました。

その中で当時の監督(2019年10月からはエグゼクティブアドバイザーに就任)である林清司さんは、細田選手の潜在能力を高く評価していたようです。

引用元:https://www.daihatsu-trackandfield.jp/member/kiyojihayashi/

初めて取り組んだマラソン練習への適応力は、想像を超えるものだったと言い、取材の中では

こんなにマラソンに向いているのかと思った

と苦笑いを見せた程でした。

絶賛してマラソンに向いていると言っています。

林さんと言えば、かつて- 1993年の世界陸上シュトゥットガルト大会で、日本人として初の女子マラソン優勝者である浅利純子さんや、2013年の世界陸上モスクワ大会で4位入賞や2014年の仁川アジア大会で銅メダルの実績を持つ木崎良子選手を始め、オリンピックに出場するような多くのマラソンランナーを指導してきた実績があります。

その林さんが高く評価しているということは相当な可能性があると言えるでしょう。

そして初マラソンとして選んだのは2019年3月の名古屋ウィメンズマラソンでした。

このレース出場に当たって林監督は、「2015年の前田以来の出来だ」と話し、同じように社会人1年目で名古屋ウィメンズマラソンを2時間22分48秒で走った同じダイハツの前田彩里選手を例えに出し、初マラソンながら東京オリンピックの選考会であるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の出場の可能性を示唆していました。

引用元:http://womens-marathon.nagoya/history/2015-2019/

その名古屋ウィメンズマラソン。序盤は日本人の多くが含まれる第2集団でレースを展開して、中間点を1時間12分27秒と目標の2時間27分切りを大きく上回るペースで通過します。

この速いペースが影響してか25km辺りからはペースが落ち集団からも離されましたが、それでも総合18位(日本人9位)で、タイムも2時間29分27秒と初マラソンとしてはまずまずの結果を残しました。

引用元:https://twitter.com/

レース後、細田選手は

マラソンはきついものですが
ゴールした時はとても気持ちいものだと感じました

と話しており、次回以降への挑戦を示唆していました。

そして2度目のマラソンを2020年3月8日に前年と同じ名古屋ウィメンズマラソンで迎えます。

この日はスタートから雨の降る厳しいコンディションでした。

しかしながら、マラソンの東京オリンピック代表の争いであるMGCファイナルチャレンジの最後のレースということもあり、オリンピック出場を目指す招待選手が序盤から非常に速いペースでレースを展開させました。

引用元:https://www.daihatsu-trackandfield.jp/result/2020/03/000558/

そのレースの中で細田選手は一般参加ながら果敢に先頭集団についていき、中間点を1時間10分27秒で通過する走りを見せました。

このペースはこれまでの女子のフルマラソンの国内最高記録である2時間21分18秒を上回るものでした。

その後ペースメーカーがイギリスのシャーロット・パデュー選手からバーレーンのユニス・チュンバ選手に変わった際に一気のペースアップとペースダウンがあり、それに対応出来ずに先頭集団から脱落、先頭集団がかなり速いペースで推移していたこともあり後方の集団とは大きく離れていて、25km以降からは終始胆道層となってしまったことでペースを落としました。

それでも最終的には総合8位(日本人4位)の2時間26分34秒と自己ベストを3分近く更新する見事な活躍を見せました。

引用元:https://ameblo.jp/nouzoe/entry-12581027637.html

この走りはかつてロサンゼルスオリンピックに出場し現在は解説者として活躍されている増田明美さんからもかなり高い評価を受けており

今回途中まで先頭集団まで走れたことから考えると、
2時間22分〜23分台も視野に入ってくる

と更なる記録更新を予想されていました。

尚、この2020年の名古屋ウィメンズマラソンではワコールの安藤友香選手がスペシャルドリンクの給水を何度も取り逃しました。

その2度連続での取り逃しとなった15km地点過ぎの給水では細田選手が自らのスペシャルドリンクを手渡すシーンも見られました。

引用元:https://twitter.com/

このシーンはテレビ中継でもしっかり捉えられ、「ライバル選手を助ける高いスポーツマンシップ」という点が強調されましたが、それだけで語れるものでもありません。

周りの競技者を見て誰が給水を取っていないかを把握するには、それだけの気持ちの冷静さと視野を広く持つ能力も必要です。

引用元:https://twitter.com/

それを僅か2回目のレースで行ってしまう辺りがマラソンの適性の高さを表していると言えるでしょう。




細田あいの長野東高校と日体大時代の実績は?

細田選手は茅野市立長峰中学校時代から2年連続で全日本中学校陸上競技選手権大会に出場する等、実力がありました。

その細田選手が選んだ高校が長野市にある長野東高校でした。

引用元:https://www.nagano-c.ed.jp/nghihs/

長野東高校は長野県の女子の長距離においては圧倒的な実力を持つ強豪校であり、2007年に全国高校駅伝に初出場してから2019年までに13年連続で出場を果たし、その記録を継続しています。

その強豪校の環境の中で力を付け、2年時の2012年にはインターハイに出場。更に全国高校駅伝も2年3年と連続で2番目に長い区間である5区を走りました。

ただインターハイでの入賞を果たすことは出来ず、高校駅伝も区間順位はそれぞれ17位、16位と全国という舞台で見ればそこまで目立った実績はありませんでした。

引用元:http://naganohigashi-dosokai.info/control/topics/2013/11/post-15.html

しかし大学進学後に頭角を表し、女子の大学二大駅伝である全日本大学女子駅伝(杜の都駅伝)と全日本大学女子選抜駅伝(富士山駅伝)には共に出場を果たしました。

そして2年時になると、個人でも結果を出すようになり秋の日本インカレでは5000mで7位入賞も果たしました。

そして冬の2月には千葉国際クロスカントリーで2位に入ったことで、初めて日本代表にも選ばれました。

引用元:https://www.nittai.ac.jp/topics/athletic_meeting/20_3.html

そして本戦となった3月のイタリアのカッシーナにて開催された第20回世界大学クロスカントリー選手権大会では、日本の団体金メダル獲得にも大きく貢献しました。

3年生になると「日体大のエース」とも呼ばれるようになり、春の関東インカレでは10000mで初優勝を果たすと、その2日後の5000mも接戦を制して見事に2冠を飾りました。

この頃から注目度もより高まりましたが、それにも負けずその後もこのシーズンは2年連続の日本インカレ5000mの入賞、更に冬の富士山駅伝では7区を走り、二大駅伝で初の区間賞も獲得しました。

最終学年の4年時も好調を維持し、関東インカレは優勝こそならなかったものの10000mで3位、5000mで2位と2種目で表彰台に上がりました。

このような結果が評価され、8月には大学生のオリンピックとも言われる台湾の台北市で行われたユニバーシアードの10000mで3位に入り、世界の舞台でも表彰台に上がる程の選手になりました。

引用元:https://twitter.com/

まとめ

以上が細田選手の紹介でした。

引用元:https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/113841

トラック種目で結果を出してきた印象が強い大学時代ですが、社会人になってからはむしろトラックでの実績よりも駅伝やマラソンといったロードで活躍を収めており、その可能性は全く予想が付かないものです。

2020年が社会人3年目と年齢も若く、今後どのような結果を残していけるのかが楽しみですね。




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