三浦知良の年俸の推移を調査!引退はいつ?髪型や名言の歴史も知りたい!

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Jリーグの黎明期を含み、学生時代からブラジル留学を経て30年以上サッカー界に君臨し続けるキング・カズこと三浦知良選手

少年期から壮年に至るまで、そのサッカーや社会活動の実績と私生活にまつわるトピックスは常に話題に上っていました。

国内だけでなく、海外のチームでも続いたその活躍ぶりや驚きの年俸の推移、サッカー界最高齢現役選手であるが故の引退の時期の憶測、そしてトレンドを取り入れた髪型や折々に飛び出した名言など、キング・カズ三浦知良選手についてまとめてみました!




三浦知良のwiki的データ

引用元:https://www.sankei.com/sports/news/190111/spo1901110024-n1.html

名前   : 三浦知良(MIURA Kazuyosi)

国籍   : 日本

出身地  : 静岡県静岡市葵区

生年月日 : 1967年2月26日(53歳)

身長   : 177㎝

体重   : 72㎏

所属チーム: 横浜FC(FW、№11)

三浦知良の年俸の推移は?

幼少期、身近にサッカー指導者がいたことから小学生時代すでに注目を集める選手だった三浦知良選手は、全国的に知られたサッカーの名門・静岡学園高校に入学し、その一年次にはその視線を世界に向けていました。

引用元:https://hochi.news/articles/20200114-OHT1T50221.html

当時まだ全日本が出場を果たしたことがないワールドカップの常連国であるブラジルにサッカー留学した三浦選手は選手としてのキャリアをクラブチームのCAジュベントスから始めました。

苦しい日々が続き、日本に帰ることを踏みとどまり下積みともいえるそのブラジルでの時間を過ごしたのです。

引用元:https://www.chunichi.co.jp/hold/feature/wcup2014/sp/article/CK2014051202100032.html

1986年に19歳でサントスFCと初のプロ契約を果たし、パルメイラス、マツバラ、CRB、キンゼ・デ・ジャウー、コリチーバといったチームを渡り歩き、1990年に再びサントスFCに所属。

年俸の推移をみていくと、700万円からスタートして、22歳で既に2000万円に達していました。

そして1990年、満を持しての日本凱旋。

1991年に発足したJリーグを見据えての読売クラブ(後のヴェルディ川崎)の入団によって、一挙に年俸は一億円を達成し、初代年間MVPを達成した1993年には25歳2億4000万円に。

当時の日本はバブル期でもあり、圧倒的な強さで活躍していたキングカズの原点ともいうべき記録です。

この時期、1994年にはイタリア・セリエAのジェノアCFCに一年間の期限付き移籍をして欧州リーグでの活動も経験しましたが、アグレッシブなプレースタイルによる故障も多く、またバブル崩壊後の日本でスポーツ振興に陰りが見えたこともあってヴェルディ川崎の経営状況が変化し、1998年にはチームを去ることになったのです。

その翌年、1999年にはクロアチアのクラブチーム、NKディモナ・ザグレブに移籍。

この年の年俸2億9000万円32歳にしてキング・カズの生涯最高年俸になりましたが、翌年からは京都パープルサンガ、ヴィッセル神戸、横浜FC、シドニーFC(2006年)と渡り歩いています。

現在も横浜FCに所属し、その年俸はこの5年ほど1000万円と横ばいになっていますが、現役のピークを過ぎてなお自らを奮い立たせてコートに立ち続けている彼はすでにレジェンドです。

53歳で現役のJリーガー___724試合で186得点、その生涯年俸は25億を突破していると言われています。

引用元:https://diamond.jp/articles/-/190925

しかし、彼の活動はこれに限らず、日本代表として数々の試合に参加し、様々な賞を受賞、タレント的な存在でもあったことから、さらなる収益もあったことでしょう。

いずれにせよ、その存在と才能はサッカーだけではなく、多くの人を魅了してやまないものだったのです。




三浦知良の引退はいつ?

プロ生活35年目という驚異的な記録を更新し続けている三浦知良選手。

現役最高齢選手ということもあり、周囲が注目するのは、その「引退」の時期、サッカー界のレジェンドの引き際にあります。

昭和から平成を経て令和まで走り続ける彼にも、もちろん53歳という年齢による衰えは自他ともに認めるものでもあります。

引用元:https://king-sports.info/sports-7/

現に、その試合に参戦する回数も得点も目減りし続ける今、周囲から厳しい言葉を浴びせられることも、ネットで辛らつなことを書かれることもしばしばですが、彼はその現実を受け入れながらも重ねてきた年齢と経験を見つめ、気持ちに折り合いをつけてきたのだと語っています。

ちょうど一年前にも

「プレーしたい、選手以外やりたいことがない」

というコメントを残しています。

多くのトップアスリートが自身に見切りをつけて指導者や解説者、タレントに転身していく中で、彼自身はまだまだ前を見据えており、常に“引退”を意識しながらも現役を続けています

それを“見苦しい”という人もいれば、称賛する人もいます。

しかしそれは誰にも命じられるものではありません。

チームが彼を欲し、ファンが求め、そして彼が走り続けたいと考えているうちは、彼の現役Jリーガーとしての日々は続くのです。

三浦知良の髪型はファッションアイコンの象徴!

90年代はパーマや長髪など、ヤンチャな髪形も経験してきた三浦選手。

彼の髪形が“Jリーグカット”と言われて、プロサッカーを目指す学生たちがこぞってまねしていたものです。

現在はこざっぱりとしたツーブロックが定番となっています。

年齢的にも髪や髭に白いものが混じり始めましたが、これもトレンドのグレイヘアであるとしてとても好評です。

それぞれの年齢に応じたファッションをさらりと着こなし、ユニフォームだけでなく今なおバリッとキメたスーツ姿を披露してくれる彼は、生涯ファッションアイコンであり続けることでしょう。

三浦知良”キング・カズの名言”を振り返る

キング・カズはこれまでにインタビューや著書でその時々に感じたことを素直に吐露、表現してきました。

そのキング・カズの「明言」を振り返っていきましょう。

「市選抜にも、 県選抜にも、 東海選抜にも 選ばれなかった人間が 後で 世界選抜に選ばれたわけです」

「夢は 語った方がいい。言わなきゃ、 何も始まらない」

「あきらめる理由 を探すんじゃなくて、あきらめない理由 を 探せ」

こんな熱い言葉がつづいてきましたが。

53歳になった今、彼から更に驚くべき明言が飛び出しました。

今年2月に発行された新潮新書のタイトルが「カズのまま死にたい」___その帯には「現役をやめるのは、死ぬとき、かも。」とあります。

引用元:https://medicaldoc.jp/kazu_book/

後悔する余地なく日々プレーし、生きる、そんな彼の生き様があふれるような、血の通った言葉ではないでしょうか。

興味のある方は、是非手に取ってみてくださいね。

まとめ

数々の歴史的な記録を打ち立て、バブル期には派手な交遊録が世間をにぎわせたこともありましたが、現在に至るまでキング・カズの生活の中心、人生の軸はすべてサッカーにありました。

ボールを追い続ける彼の姿には、生まれ持った資質は勿論ですが、その努力と、努力を継続させる精神力の凄まじさが滲み出ています。

53歳___現役プロアスリートとしてはすでに驚異的な存在である彼が、どこまで行けるのか?!

引用元:https://www.asahi.com/articles/ASM4Y4DKGM4YULZU001.html

実に真摯なその背中を見て多くの子供たちがサッカーボールを追いかけるようになり、その中からプロ選手が生まれ、今同じ土俵で戦うまでになっています。

そんなキング・カズの渋い生き様は、ファンならずとも惹きつけられ、その先を見届けたいと思わせる魅力にあふれています。




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