行政書士 合格組もリベンジ組も その伝統ある歴史を知ろう!!

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こんにちは。らいふれんどです。

今日のお題はこれです。

「行政書士 合格組もリベンジ組も その伝統ある歴史を知ろう!!」

前回までの投稿で書いてきましたが、行政書士試験受験者の方々は、これから合格発表を迎えるまで、自己採点状況に応じて、様々な思いを描きながら過ごすことになりますよね。

 😀 択一式のみで自己採点180点以上を確保し合格を確信している方

 😕 記述式の採点結果次第という「まな板の上の鯉」状態の方

 😥 記述式の結果を待たず白旗の方

合格後の開業に向けた思いを描く方、リベンジに向けた勉強法を模索する方、一度リセットして(私のFP3級受験のように)他の資格試験挑戦を模索する方 等々。

いずれの方も、これまで頑張って挑戦してきた「行政書士」という資格制度の歴史というものを、是非とも知って頂きたいと思います!

私は1度この試験に失敗していて、「よーし絶対にリベンジしてやる」と決めた時に、再挑戦の気持ちの整理とモチベーションの高揚のため、この資格のルーツについて詳しく調べてみました。

すると、この資格、なんと明治5年(1872年)までその起源が遡り、150年にも及ぼうかという長ーい歴史があることがわかりました。

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そのルーツは明治5年  太政管達「司法職務定制」による代書人制度

明治5年(1872年)といえば、坂本竜馬を中心とした維新の雄達の獅子奮迅の活躍により明治維新が成し遂げられた後、三条実美や岩倉具視らが中心となった新政府が、西洋諸国に習った近代化に邁進していた時代です。

そして、この「司法職務定制」は、司法制度分野における近代化の産声を上げる法律として制定されたんですね。

我が国最初の裁判所構成法と言われるこの法律により、現代の司法制度を担う資格者達が生まれています。

司法職務定制で誕生した制度 現代の資格制度
♠検事 ♣検察官
♠証書人 ♣公証人
♠代言人 ♣弁護士
代書人 ♣司法書士、行政書士

上記の「代書人」。これが行政書士の大元(ルーツ)になるものですが、当時は、

♦裁判所における訴状等の書面作成代行や、

♦土地や建物の登記事務代行など、

現代の司法書士にしか認められていない事務も含め全般的な代書業務を行うことができることとされていたんですね。

大正8年 「司法代書人法」制定により、現代の行政書士と司法書士に分離

明治時代の後期になると、この司法職務定制による制度が各々消長を迎えることとなり、明治23年に、代言人弁護士と名称が変わりました。

代言人制度は、いわゆる「三百大言」なる言葉が生まれるなど、質の良くない代言を行うものが問題視されたと言われ、そこから免許制度⇒試験制度と代言を業として行う者が厳格に選別される経過を経ての「弁護士」制度の誕生だったんですね。

そして我々行政書士のルーツ「代書人」制度。

元々、代書業務というものは、登記も含めた裁判所関連から、市町村役場や警察庁などの行政関連まで、その領域が非常に広いものです。。

なので、代書人は、各々得意分野に絞って業務を行う傾向にあったようです。

この流れの中で、明治時代の後期になると、裁判所関連や登記関連の代書を専門としていた代書人達が団体を作り、一般(行政)代書人との分離を主張するようになりました。

そして、明治から大正に時代を移した1919年(大正8年)。ついにこの者たちの願いを形とする「司法代書人法」が制定されたのです。

これにより「司法代書人」「一般(行政)代書人」が明確に区分けされることになり、現代の「司法書士」と「行政書士」のルーツとなりました。

行政書士法のルーツ「代書人規則」の制定

司法代書人法の制定により、一般代書業務のみを行うこととなった我々行政書士のルーツである一般(行政)代書人ですが、制度発足からこの時点まで、そもそも代書業務を行える者が明確になってておらず、言わば、誰でも参入できる業務でした。

その為、相当質の低い代書人も横行しており、明治30年代後半には、警察府冷や各府県令で「代書人取締規則」が制定され、評判の良くない代書人に対して抜き打ち検査などが行われていたようです。

そして司法代書人法の制定が契機になり、代書人取締規則という監督規定の統一化を目的として、ついに大正9年(1920年)、現代の行政書士法のルーツともいえる「代書人規則」が、内務省令として制定されたのです。

ところがこの規則、さすがに「代書人取締規則」が統一された内容そのもので、開業はもちろんのこと、代書料の設定も警察の認可が必要とされ、時には事務所の臨検や書類の検閲まで行うことができる、とされています。

この時代、どれほどお役所が強い時代とはいえ、専門家に対する規則としてはちょっとひどいよね、という声も多く、昭和10年代になってからは、行政書士法の制定が国会で審議されるようになります。

しかしながら、審議の途中で第2次世界大戦に突入してしまうのです。

代書人規則の失効 そして「行政書士法」の誕生

この代書人規則、第2次世界大戦の終戦後、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」により、昭和22年(1947年)に失効してしまいます。

その結果どうなったでしょうか?

そう、法の網がなくなった以上、代書人規則が制定される前と同じく、またぞろ多くの者が一般代書人業に参入する状況となりました。

そして、質の良くない代書人による依頼者の被害事件なども社会問題となり、改めて規制強化の動きが強まってきたのです。

そして、4年後の昭和26年(1951年、ついに現行法となる「行政書士法」が制定されるのです。

そしてこの制定の際に、行政書士の独占業務の肝となる「その業務を行うことが他の法律において制限されているものを除外する」という規定が設けられました。

つまり、弁護士法や税理士法などで独占業務とされている訴状や税務書類などを除く代書業務が、行政書士の独占業務とされたんですね。

そして、際立つのが、社労士法の制定(昭和43年)に伴い、昭和55年(1980年)に社会保険労務士の独占業務についても制限されています。(それまでは行政書士が社会保険などの代行業務をやっていたのです)

ただ、経過措置として、その時点で行政書士会に入会していた者は当分の間、社労士業務を継続できるとされていますね。

それから47年経過した2017年の現在では、経過措置により社労士業務を継続されている方は、殆どいらっしゃらないかもしれませんが、、

まとめ

どうでしたか? 行政書士は数ある士(サムライ)資格の中でも、弁護士や司法書士と同時期にそのルーツがある伝統と歴史をもつ老舗資格です。

実に150年近くに及びます。

社労士制度は来年の2018年に制度創設50周年を迎えますが、なんとその3倍の歴史があるのです。

行政書士資格のステータスもここ数年は随分とランクアップした印象を受けます。

法律資格としては、開業後の独占業務の格や平均収入などで、弁護士や司法書士の後塵を拝した感は否めませんが、最近はどうでしょうか?

司法制度改革により弁護士の数が急増し、既存の弁護士や司法書士などの隣接法律資格者のパイの取り合いが過熱。資格の格、平均収入ともその差は縮まってきていると思いますね。(もちろん個人差はあります)

ドラマ「カバチタレ」で一躍有名になった感が強いですが、その業務の幅と奥深さ、なにより自分の才覚1つでどのようにも業容を拡大し伸ばしていけるマルチな資格です。

私は、この資格試験に挑戦していたときには、すでに社会保険労務士と1級ファイナンシャルプランニング技能士の資格を持っていましたが、この行政書士という資格の歴史を知り、なんとしてもこの伝統ある資格を取りたいという強いモチベーションが湧いてきたのを覚えています。

この記事を閲覧して頂いている方も同じような気持ちになった方が少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。

行政書士の歴史。このへんで。

では、また。




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