ゴルフの祭典「マスターズ」 ”球聖”ボビー・ジョーンズと歴代優勝者を尊ぶ

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こんにちは。らいふれんどです!

今日は、ゴルフの祭典「マスターズトーナメント」について書いてみたいと思います。

毎年、アゼリアの花が咲きほこる4月上旬に、アメリカ ジョージア州のオーガスタナショナルゴルフコースで開催されるこのトーナメントは、4大メジャー大会の中でも最高峰の華やかさと格を誇っています。

いつかパトロンとしてマスターズを観戦したい!

そして、いつの日か、オーガスタナショナルゴルフコースでプレーしてみたい!

そんな思いを込めて綴っていきます。




マスターズの歴史 ”球聖 ”ボビー・ジョーンズ

まずはマスターズトーナメントの歴史からみていきましょう。

マスターズトーナメントの創設者 球聖 ”ボビー・ジョーンズ

1930年に、アマチュアゴルファーとして、年間グランドスラム4大メジャートーナメントを、同一年に全て優勝することです)という、現在までジョーンズの他に誰1人として成し遂げていない偉業を達成しています。

これに匹敵する偉業として、タイガー・ウッズが、2000年の全米オープン、全英オープン、全米プロ、そして翌2001年のマスターズまで、年を跨いでメジャー4連勝していますが、これは彼の名にちなんで、「タイガースラム」と呼ばれています。

ちなみに、競技生活を通じて4大メジャー全てに勝つことをキャリアグランドスラムと呼びます。達成者は、6名の伝説的なゴルファーの方々です。

① ボビー・ジョーンズ(メジャー13勝※アマ競技含む 年間G)

② ジャック・二クラウス(メジャー18勝 計3回)

③ タイガー・ウッズ(メジャー14勝 計3回)

④ ジーン・サラゼン(メジャー7勝 計1回)

⑤ ベン・ホーガン(メジャー9勝 計1回)

⑥ ゲーリー・プレーヤー(メジャー9勝 計1回)

ジョーンズが年間グランドスラムを成し遂げたときの4大メジャー大会は、全米オープン、全英オープン、全米アマ全英アマでした。

そして、現在は、マスターズ、全英オープン、全米オープン、全米プロですよね。

ジョーンズは、その生涯をアマチュアゴルファーとして全うし、メジャー13勝(プロ大会7勝、アマ大会6勝)をあげています。(すごいです)

そして、なんと、年間グランドスラムを達成した7週間後に、28歳の若さであっさりと競技から引退してるんですね。

いや、すごすぎるというか、言葉が見つからない、まさに球聖ですね。

引退後は、本来の職業であった弁護士として活動する傍ら、ゴルフコースの設計にも携わり、マスターズトーナメントの舞台であるオーガスタナショナルゴルフコースを設計し、作り上げます。

そして、1934年に第1回大会を創設しましたが、第1回~5回まで「Augusta National Invitation(オーガスタナショナルインビテーション)」という名称で開催されており、現在の「Masters (マスターズ)」と改称されたのは第6回大会からなんですね。

歴代優勝者と日本人出場者の成績は

次に、歴代優勝者と日本人出場者の成績を、年代を区切りながら見ていきます。

2017年~1980年

まずは、2017年から遡り1980年までを見てみましょう。

年度

優勝者

日本人出場者成績

2017

セルヒオ・ガルシア

松山秀樹11位T、池田勇太 予落、谷原秀人 予落

2016

ダニー・ウィレット

松山秀樹 7位T

2015

ジョーダン・スピース

松山秀樹 5位

2014

バッバ・ワトソン

松山秀樹 予落

2013

アダム・スコット

石川遼 38位T、藤田寛之 予落

2012

バッバ・ワトソン

松山秀樹 54位T、石川遼 予落

2011

シャール・シュワルツェル

石川遼 20位、松山秀樹 27位、池田勇太 予落、藤田寛之 予落

2010

フィル・ミケルソン

池田勇太 29位、片山信吾 予落、石川遼 予落

2009

アンヘル・カブレラ

片山信吾 4位、今田竜二 20位T

2008

トレバー・イメルマン

片山信吾 予落、谷口徹 予落

2007

ザック・ジョンソン

片山信吾 44位T、谷原秀人 予落

2006

フィル・ミケルソン

片山信吾 27位、丸山茂樹 予落

2005

タイガー・ウッズ

片山信吾 33位、丸山茂樹 予落

2004

フィル・ミケルソン

丸山茂樹 予落、伊沢利光 予落

2003

マイク・ウェア

片山信吾 37位、丸山茂樹 予落、谷口徹 予落、伊沢利光 予落

2002

タイガー・ウッズ

丸山茂樹 14位、伊沢利光 予落、片山信吾 予落、谷口徹 予落

2001

タイガー・ウッズ

伊沢利光 4位、片山信吾 40位、丸山茂樹 予落

2000

ビジェイ・シン

尾崎将司 28位、丸山茂樹 46位、尾崎直道 予落

1999

ホセ・マリア・オラサバル

丸山茂樹 31位、尾崎将司 予落

1998

マーク・オメーラ

尾崎将司 予落、丸山茂樹 予落

1997

タイガー・ウッズ

尾崎将司 42位、金子柱憲 予落

1996

ニック・ファルド

尾崎将司 予落、東聡 予落

1995

ベン・クレンショー

尾崎将司 29位、中嶋常幸 予落

1994

ホセ・マリア・オラサバル

飯合肇 41位、尾崎将司 予落

1993

ベルンハルト・ランガー

尾崎将司 45位、尾崎直道 45位

1992

フレッド・カプルス

中嶋常幸 予落、尾崎直道 予落

1991

イアン・ウーズナム

中嶋常幸 10位、尾崎将司 35位

1990

ニック・ファルド

尾崎将司 35位、尾崎直道 33位

1989

ニック・ファルド

尾崎将司 18位、中嶋常幸 予落

1988

サンディ・ライル

青木功 25位、中嶋常幸 33位

1987

ラリー・マイズ

青木功 予落、尾崎将司 予落、中嶋常幸 予落

1986

ジャック・ニクラス

中嶋常幸 8位、青木功 予落

1985

ベルンハルト・ランガー

青木功 16位、中嶋常幸 47位

1984

ベン・クレンショー

青木功 25位、中嶋常幸 38位

1983

セベ・バレステロス

中嶋常幸 16位、青木功 19位、羽川豊 36位

1982

クレイグ・スタドラー

羽川豊 36位、青木功 予落

1981

トム・ワトソン

青木功 25位、鈴木則夫 45位

1980

セベ・バレステロス

青木功 予落、中村通 予落

タイガー・ウッズの4勝が輝いていますが、1986年 ジャック・二クラウスの ”ジャック イズ バック!” 46歳での復活優勝のインパクトはすごかったですね!

セべ・バレステロストム・ワトソンニック・ファルドなど、そうそうたるビッグネームがならんでいます。

個人的には、ここに、”オーストラリアの白鮫(ホワイトシャーク)”ことグレッグ・ノーマンの名前があれば最高でした、、

日本人最高位は、2001年井沢利光と2009年片山信吾の4位となっています。




1979~1943

次に1979年~から遡り1943年までを見てみましょう。

年度

優勝者

日本人出場者成績

1979

ファジー・ゼラー

青木功 16位、尾崎将司 予落

1978

ゲーリー・プレーヤー

青木功 予落、尾崎将司 予落、中嶋常幸 予落

1977

トム・ワトソン

青木功 16位、村上隆 予落

1976

レイモンド・フロイド

尾崎将司 33位、村上隆 37位

1975

ジャック・ニクラス

尾崎将司 43位、青木功 予落

1974

ゲーリー・プレーヤー

青木功 予落、尾崎将司 予落

1973

トミー・アーロン

尾崎将司 8位、河野高明 51位

1972

ジャック・ニクラス

河野高明 19位、尾崎将司 予落

1971

チャールズ・クーディー

河野高明 予落

1970

ビリー・キャスパー

河野高明 12位

1969

ジョージ・アーチャー

河野高明 13位

1968

ボブ・ゴールビー

杉本英世 35位、 陳清波 35位

1967

ゲイ・ブリュワー

陳清波 46位、 杉本英世 予落

1966

ジャック・ニクラス

陳清波 23位、 石井朝夫 予落

1965

ジャック・ニクラス

石井朝夫 26位 陳清波 39位

1964

アーノルド・パーマー

石井朝夫 40位 陳清波 44位

1963

ジャック・ニクラス

陳清波 15位、 小野光一 予落

1962

アーノルド・パーマー

中村寅吉 41位 小野光一 予落

1961

ゲーリー・プレーヤー

1960

アーノルド・パーマー

1959

アート・ウォール・ジュニア

1958

アーノルド・パーマー

1957

ダグ・フォード

1956

ジャック・バーク・ジュニア

1955

ケリー・ミドルコフ

1954

サム・スニード

1953

ベン・ホーガン

1952

サム・スニード

1951

ベン・ホーガン

1950

ジミー・デマレー

1949

サム・スニード

1948

クロード・ハーモン

1947

ジミー・デマレー

1946

ハーマン・カイザー

1945

第二次世界大戦により中止

1944

第二次世界大戦により中止

1943

第二次世界大戦により中止

この年代ではジャック・ニクラス5アーノルド・パーマーの4勝が輝いていますね!

ニクラスは1986年と合わせ計6です!!

ベン・ホーガンサム・スニードゲーリー・プレーヤーなど、伝説の名プレーヤーの名前が目白押しです。

日本人最高位は尾崎将司の8位となっていますね。

1943年~1945年は第2次世界大戦により中止となっています。

1942年~1934年

最後にトーナメントが創設された1934年~1942年です。

年度

優勝者

日本人出場者成績

1942

バイロン・ネルソン

1941

クレイグ・ウッド

1940

ジミー・デマレー

1939

ラルフ・ガルダール

1938

ヘンリー・ピカード

1937

バイロン・ネルソン

1936

ホートン・スミス

陳清水 20位、 戸田藤一郎 29位

1935

ジーン・サラゼン

1934

ホートン・スミス

ジーン・サラゼンバイロン・ネルソンと言った伝説中の伝説的プレーヤーの名前があります。

初代優勝者はホートン・スミス。

そして、創始者のボビー・ジョーンズは、11回この大会に出場していますが、第1回大会の13位が最高で、一度もトップ10入りしていません。

既に現役から退いていて、大会を盛り上げる為の出場だったことから、これは致し方ないんでしょうね。

まとめ

今回は、ゴルフの祭典マスターズについて、創始者の球聖ボビー・ジョーンズと歴代優勝者、日本人選手の成績について見てきました。

私のようなゴルフマニアは、歴代優勝者の名前を見ているだけで、心地の良いノスタルジックの世界にとろけていきます。

翻って、日本人選手の成績を改めて見ていると、本当に長い歴史の中で、”世界の壁”の前で苦悶していたことを実感させられます。

しかしながら、今は”世界のヒデキ・マツヤマ” 松山秀樹選手がいます!

今、彼は、過去の日本人プレーヤーの誰もが届かなかった領域にいます。

そして、本当に近い将来、世界の4大メジャーチャンピオンになってくれるでしょう。

その期待と確信を、日本人ファンだけでなく、世界のゴルフファン、そしてプロ仲間が持っているのです。

すごいことですよね!

皮肉なことに、今回の記事を書いていて、改めて松山選手の凄さが実感できました。

マスターズについては、まだまだ書きたいことが山ほどありますが、それは次回以降といたします。

では、また。




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